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浅田真央の現在はコーチ兼プロ?コーチに不向き?歴代コーチの影響は?

2017年4月10日に現役を引退され、プロフィギュアスケーターに転向された浅田真央(あさだまお)さん。

2019年現在はプロとして活動をされながら、スケート教室なども行っているようです。

今回は、フィギュアスケートのコーチがどのようなものかを踏まえて、「コーチ」というキーワードで浅田真央さんについてまとめてみました。

浅田真央の現在はコーチ?プロ?

浅田真央さんはコーチではなく、2019年現在はプロフィギュアスケーターとしてショーを中心に活動されています。

コーチとしての活動に含めてもいいか分かりませんが、たまにスケート教室を開いてフィギュアスケート初心者に教えているようです。

ですが、将来的にはコーチをメインに活動するのではないかと思います。

2019年4月10日引退されてからしばらく「自分探しの旅」をされていました。

その期間次の仕事について、浅田真央さんの周りの方からは、お姉さんの浅田舞さんのように舞台女優スポーツキャスターなどのタレント活動を薦められたそうです。

しかし、

『私、やっぱりフィギュアスケートが好き。離れることなんてできない』

出典元:exciteニュース

と言ったそうです。

また、

「浅田さんは、指導者としての道を模索し始めています。『ノービスクラスの選手を育ててみたい!』とも言っていたそうです。小学生の彼女たちを1から教えることで、世界に羽ばたかせてあげたいと考えているようですね。最終結論は平昌五輪後になるかと思いますが、現職のコーチのもとで指導法を学ぶことになるでしょう。すでに、お世話になったコーチなどに相談しているとも聞いていますよ」

出典元:exciteニュース

とコーチ業に対して意欲的であるようです。

翁
ノービスクラスって何だ??

国際スケート連盟(ISU)では3つのクラスが定められています。

  • ノービス
  • ジュニア
  • シニア

さらに、日本ではバッジテスト(級を取得するテスト)というものがあり、初級~8級まであります。

さらに、大会にエントリーする際は「級」に加え、「7月1日時点の年齢」も考えないといけません。

なぜなら、「級」と「年齢」でクラス分けがされるからです。

翁
あ~年齢も重要なのか!

開催前年の2005年6月30日で15歳になれていなくて(1990年9月25日生まれのため)、真央ちゃんがトリノオリンピックに出場できなかったってやつね~

国際スケート連盟7月1日がシーズンの始まりです。(シーズン終わりは6月30日)

ノービス

6月30日までに誕生日の人

ノービスB:小学3・4年生(9~10歳)かつ、シングル3級以上取得

ノービスA:小学5・6年生(11~12歳)かつ、シングル4級以上取得

7月1日以降に誕生日の人

ノービスB:小学4・5年生(9~10歳)かつ、シングル3級以上取得

ノービスA:小学6年生・中学1年生(11~12歳)かつ、シングル4級以上取得

ジュニア

中学生・高校生(13~18歳以下)かつ、6級以上取得

※7月1日時点

シニア

15歳以上かつ7級以上

※7月1日時点

高校生ではジュニアとシニア、どちらも出る権利があるということですね。

違いは7級を取っているかどうか。

ちなみに、全日本選手権に出場するためには7級を持っていればいいそうで、多くの人は8級を取らないそうです。

あとバッジテストは、2016年3月31日にフィギュアスケート選手を引退された小塚崇彦(こづかたかひこ)さんのお父さんが作ったそうです。




フィギュアスケートのプロとアマチュアの違いは?

プロとアマの違い

翁
そもそもの疑問なんだけど、プロとアマの違いって何?

ざっくりいうと、

アマチュア=競技選手

プロ=アイスショーをする人

です。

もう少し詳しくいうと、

アマチュア選手は、国際スケート連盟に登録している各国のスケート連盟に加入し、「選手登録」している選手を指します。

正式にはアマチュアではなく「エリジブル(有資格者)」と呼ぶそうです。

お金が出る仕組みが生まれた

昔はフィギュアスケートの大会は賞金が出ることはなかったそう。

さらにはアマチュア選手はアイスショーに出ることも禁止だったようです。

翁
要するに、フィギュアスケートではお金が稼げないということだね。

しかしその後、大きな大会での賞金制度やアイスショーへ出演して出演料がもらえるように制度が変わる動きがありました。

現在では、アマチュア選手(競技選手)に対してもスポンサーがつくようになり、CMアイスショーに出演など活動の幅は広がっています。

翁
真央ちゃんとか、羽生結弦くんもCMとかアイスショー出てたね!

プロフィギュアスケーターになる方法

プロとして活動するためには、引退届をスケート連盟に提出し、選手登録を解除する必要があります。

選手登録を解除するということは、同時にオリンピックや世界選手権に出る権利を失うことを意味します。

また、プロになってもアイスショーに呼ばれるとは限りません。

アマチュアで競技者として知名度などを上げておく必要があるそうです。

プロのスケーターとして活躍するためには、「四大陸金メダル」「五輪入賞」レベルの実績はないと厳しいそう。

こういう意味でも、現役時代の成績はセカンドキャリアで響いてくるということですね。

翁
ショーとかって、お客さんを呼ばないといけないから、当然っていえば当然か~

プロは個人事業主

プロフィギュアスケーターは個人事業主に分類されます。

ですので、完全に実力・知名度の世界です。

多くの人は大学卒業後、就職もしくはスケートのコーチとして活動するそうです。

経済的なところで仕方がないですよね。

また、多くのプロスケート選手はプロ引退後

  • 一般企業に就職
  • コーチ業
  • 一部人気のある人はテレビに出演(解説者・MC)など

されるそうです。

翁
そのスポーツ1つで食べていくって難しいってことだよね。

スポーツ界は厳しい世界だ…。

プロは練習不要?

プロはアマチュアほど難易度が高いジャンプは求められないようです。

また、アマと違ってコーチがいないため、練習するもしないも自由。

しかし、ショーの場合はノンストップで滑って出演することもあるそうで、選手時代よりも体力が必要になる人もいるみたいです。

演技構成、衣装選び、演出、選曲など自分でするため、セルフプロデュース力が必要です。




コーチって何する人?

フィギュアスケートのコーチの2つの役割

フィギュアスケートのコーチの中には

  • 技術的なことを指導する人
  • 振付師(コリオグラファー)

がおられます。

振付師(コリオグラファー)というのは、プログラムをつくる人です。

よくフィギュアスケートのテレビ放送で、選手の横にいるコーチがいますが、技術的なコーチではなく振付師の人である場合もあるようです。

もちろん、コーチとコリオグラファーの両方を担当されている方もいらっしゃいます。

振付も技術的指導もできるコーチのもとで練習する選手もいれば、技術的指導のコーチとは別で振付師を依頼するパターンもあります。

一般的なフィギュアスケートのコーチ

一般的にはスケートを教えるインストラクターをコーチと呼びます。

スケート教室で初心者に教えたり、スケート選手の育成をする人です。

インストラクターには大きく2つに分けることができます。

  • スケートリンク所属のインストラクター
  • スケートリンクに所属しないインストラクター

スケートリンク専属のインストラクターはそのリンクでスケート教室を開催することができます。

プロのインストラクターは2種類いる

また、プロインストラクターも2つの形があります。

「日本フィギュアスケーティングインストラクター協会」に

  • 加盟してコーチ活動をしている
  • 未加盟でコーチ活動をしている

この「日本フィギュアスケーティングインストラクター協会」の会長は2019年現在、浅田真央さんのコーチでもあった佐藤信夫(さとうのぶお)さんが務められています。

プロのコーチになるための基準というものがなく、また絶対に取得しておかない国家資格などもありません。

ですが、「日本フィギュアスケーティングインストラクター協会」に入会して、協会加盟コーチになるためには、いくつかの基準があります。

〔1.入会資格〕
当協会の会員になろうとする者は、18歳以上で、次の各項の一に該当しなければならない。
1.インストラクター経験3 年以上(個人レッスン)
2. 教室経験5 年以上
3.アイスショースケーター経験5 年以上
4.公認スポーツ指導者
公認スケートコーチ(フィギュアスケートコーチ)
公認スケート上級コーチ(上級フィギュアスケートコーチ)
公認スケート教師
但し、全日本(シンクロも含む)、全日本ジュニア選手権大会の試合出場経験者、公認スポーツ指導者は1~3の経験年数をそれぞれ2年短縮できることとする。

出典元:日本フィギュアスケーティングインストラクター協会実施規定(抜粋)

ほとんどの場合プロのインストラクターは全日本選手権といった大きな大会の出場経験があり、成績を残している元選手であるそうです。

また、インストラクター協会に加盟せずに、有名な元選手がコーチとして活動されているパターンもあります。

日本スケート連盟に所属してコーチ業をしている元選手もいるそうです。

コーチへのレッスン料は地域やコーチが現役時代に残した成績によって変わるみたいです。

翁
もし、浅田真央さんがコーチをメインに活動されるとしたら、どれくらいの料金になるのか…。

2種類のスケート教室

スケート教室には大きく2つの種類があります。

  • プロのインストラクターやリンクが主催するスケート教室
  • 日本スケート連盟が主催するスケート教室

日本スケート連盟が開催するスケート教室ではプレーンスケートを教えます。

アイススケートには

  • フィギュアスケート
  • スピードスケート
  • ホッケー

がありますよね。

日本スケート連盟主催の教室では、アイススケートのどの分野にも進めるように、氷の上を滑れるようになることを目的にしています。

ちなみにですが、フィギュアスケート、スピードスケート、ホッケーでは滑り方が違うそうです。

学生のスケーターの中には、スケート教室を手伝って活動費を稼ぐ人もいます。

アシスタントコーチとは?

アシスタントコーチはメインのコーチだけでは手が足りない場合に雇う、サブのコーチのことです。

  • 指導を希望する人が多い場合
  • 遠征で留守にする場合
  • 振付師をメインに活動する場合

など物理的に指導ができないときですね。

例えば、将来有望な子供はメインのコーチが教えて、残りの子はアシスタントコーチに任せたり。

また、基本的なことはアシスタントコーチに任せて、重要な部分に関しては個別にメインのコーチが指導するという形もあるようです。

様々な層の生徒をもつコーチの場合は、遠征でスケートリンクを空けることが多いそうで、そういうときにアシスタントコーチに生徒を任せます。

コーチを変える・付けるタイミングは?

日本スケート連盟の強化指定に選ばれた選手や、スポンサーがついて金銭的に余裕が出たときにコーチを変えたり、新たにつけることがあるようです。

いずれにせよ目的は、次のステージへ進むために成長するためです。

選手一人ひとりコーチに対する向き合い方は違っていて

  • 現役の間1人のコーチから教えを乞う選手
  • メインの技術コーチはそのままで、振付師から表現力を新たに学ぶ選手
  • 自分の弱点に効く指導をしてくれるコーチに移籍する選手
  • 有名選手を多く抱える名コーチの選手の一人として指導してもらう選手

など様々です。




浅田真央はコーチに向いている?スケート教室の評判は?

浅田真央さんは今までにいくつかスケート教室を開催しています。

サンクスツアー埼玉公開開催記念


2018年8月7日(火)にJ:COMサービス加入者限定の「~浅田真央サンクスツアー埼玉公演開催記念~浅田真央スケート教室」が埼玉アイスアリーナで開催されました。

 

「浅田真央サンクスツアー」という2018年から行われている全国各地で開催されるアイスショーがあります。(2019年も引き続き行われています)

浅田真央さん個人だけでなく、チームとしてアイスショーが形になっているのが魅力だそうです。

で、このツアーのおそらくスポンサーが「J:COM」で、浅田真央さんと姉の浅田舞さんのスケート教室が開かれたのだと思います。

出典元:PRTIMES

写真を見て分かる通り、完全に初めてスケートをやるという人向けですよね。

最初は怖がっていてなかなか進めなかった子、浅田姉妹の指導により少しずつですが滑れるようになったみたいです。

 

足踏み、転んで立ち上がる、向こう側の壁まで足踏みして進むなどの基礎練習も、合間に舞さんが「さぁ、みんな5秒で立ち上がるゲームだよ!いち、に、さん、し、ごぉーーーーーーー」と5を長く数えて参加者を笑わせたり、舞さんが「どうですか、真央ちゃん?」と呼びかけ、真央さんが「いい感じです!みんな素晴らしいです!」

出典元:PRTIMES

上の記事を読んでいると、浅田真央さんは「スケートって楽しんだよ!」ってことを伝えたいんだなと分かります。

出典元:埼玉新聞

2018年9月6日にも、「浅田真央サンクスツアー」の特別企画として、住友生命保険相互会社主催でスケート教室が埼玉アイスアリーナで行われました。

初心者の子ども45人に1時間、上の写真のようにマンツーマンで教えることもあったみたいです。

参加者の人の声を聞くと

「スケートは初めてだったので難しかったけど、真央さん舞さんが丁寧に教えてくれたので楽しかった」

出典元:埼玉新聞

とのこと。

また、浅田真央さん自身も

「子どもたちがどんどん上達する姿を見て、教えている立場としてうれしかった。諦めなければ何でもできることを伝えられれば」

出典元:埼玉新聞

とフィギュアスケートだけでなく「諦めない気持ちや達成することの楽しさ」なんかも子供たちに伝えたいんだなと分かりますね。

振付師としても活躍が期待!

2017年11月にはお姉さんの浅田舞さんのアイスショーの振付けもやっておられました。

浅田真央さんは動画をつかって、姉の舞さんに細かくアドバイスをしていたそうです。

技術面だけじゃなくて、振付けもできるなんてコーチとしては貴重な存在になり得ると個人的に思います。

「いずれは私も子どもに教えたいと思っているので、自分がどれだけ作れるのかっていうチャレンジでもありますね」

出典元:ORICON NEWS

と、常に後進を育てることを視野に入れて活動されています。

あらゆる経験を将来の指導に生かそうとしている姿勢からも、「サンクスツアー」も子供たちの指導のための材料集めみたいな感覚なのかもしれませんね!

浅田真央はコーチに向いている

名選手が必ずしも名監督や名コーチにならないとよくいいますが、浅田真央さんは「名選手であり名コーチ」になるのではないかと思っています。

つまり、浅田真央さんはコーチに向いているのではないかと思います。

上のツイートによると、「指導者になったらスパルタ指導をするのか」という趣旨のインタビューに対して浅田真央さんは

スパルタではない

とはっきり答えておられます。

たぶん、そうなんだろうな私は思います。

今までのコーチに調べてみると、そんな気がします。




浅田真央の歴代コーチは?

人に何かを教えるとき、どうしても自分が教わったやり方だったり、考えをもとにしてしまうものです。

ですので、浅田真央さんを支えてきた歴代コーチを見てみると、浅田真央さんの指導の特徴なんかも見えてくるかもしれませんね。

浅田真央さんの歴代コーチをご紹介します。

  • 山田満知子
  • 樋口美穂子
  • ラファエル・アルトゥニアン
  • タチアナ・タラソワ
  • 佐藤信夫

もっと短期間の指導を含めるともう少しいらっしゃいます。

ここまでコーチが代わっている選手は珍しいそうです。

それでは1人ずつ見ていきましょう。

山田満知子

名前:山田満知子(やまだまちこ)

生年月日:1943年6月26日

7歳からスケートを始める。

国体少年の部、インターハイで優勝の経験あり。

愛知県スケート連盟のお手伝いをする中でコーチを始め、20歳でプロのインストラクターになる。

浅田真央指導期間:2000年~2006年

伊藤みどりさんや最近だと宇野昌磨さんの指導をされていました。

山田満知子さんは自身のコーチングについて次のように語っていらっしゃいます。

私のコーチングの基本は、子供たちにスケートを楽しんでもらうというのが一番。厳しく叱りつけるような指導をした記憶はありません。一つテクニックを覚えると嬉しくなってまた練習したくなる。友だちと一緒に滑るのが楽しいからリンクに顔をだす。そういうので構わないんです。コーチと選手の関係も、上下関係というよりは家族的。だから私たちのチームはよく「山田ファミリー」と呼ばれます。国内外を見ても、こんなに楽しそうに練習しているチームは少ないんじゃないかと思いますよ。

選手の母親たちがリンクサイドに並んで、子供たちに声をかける風景も昔からのものです。そういうことを嫌がるコーチもいますが、私は親と共に協力しながら選手を育てることが大切だという考えです。

出典元:ビズサプリ

浅田真央さんが現在もフィギュアスケートが好きでいられるのは、山田満知子さんが「スケートの楽しさを伝える」指導をしていたからかもしれません。

浅田真央さんも「フィギュアスケートを楽しむこと」に重きを置いた指導をされるのかもしれませんね。

樋口美穂子

名前:樋口美穂子(ひぐちみほこ)

生年月日:1969年5月13日

全日本ジュニア選手権2位、全日本選手権に出場の経験あり。

20歳で現役を引退し、山田満知子さんのアシスタントコーチを務める。

村上佳菜子さんや宇野昌磨さんも指導されていました。

樋口美穂子さん自身も山田満知子さんの教え子ということで、指導でしかるなどせずむしろ甘いようです。

1995年あたりから、振付師としても活動されています。

浅田真央さんも樋口美穂子さんに振付けをしてもらっていたときがあると思うので、振付けができるコーチということで、影響を受けているかもしれません。

ラファエル・アルトゥニアン

名前:ラファエル・アルトゥニアン

生年月日:1957年7月5日

現役時代、大きな成績は残していない。

浅田真央指導期間:2006/2007年~2008年2月

浅田舞さんや本田真凜さんを指導していました。

浅田真央さんとラファエル・アルトゥニアンさんの間にはトラブルがあって、2008年に師弟関係は解消されています。

そのトラブルがこちら。

2008年初め、たった1本の電話で2人の溝が出来た。
ラファは指導のために早くロサンゼルスに戻ってきて欲しいと電話で言った、浅田はロサンゼルスには行けませんと言った。

大学にリンクが出来たので、そこで教えて貰えないでしょうかと。
ラファは怒った、わがままだと思った、ラファは理由をきちんと聞かなかった。

真央がアメリカに来ないなら師弟関係をやめると、浅田はどうしてもアメリカには行けませんと言った。
これが最後のやり取りだった。ラファは怒っていた、真央と会わないようにしていた。

数年後、人伝にラファは、なぜあの時に真央がアメリカに戻って来れなかったのか理由を聞いた。

それは真央の母親が長らく重い肝硬変で、命の期限をその時に知らされたからだった。

母親の元に寄り添って居てあげたかった、海外に長期滞在出来なかったのだと。
浅田の母親はバンクーバーオリンピックの1年後の2011年に亡くなった。

「あの時、真央を突き放した事を、ずっと後悔し続けるであろう。

自分のキャリアの中で1番の痛恨事である。」

とラファエル。

出典元:浅田真央ちゃん頑張れ!

このことから、ラファエル・アルトゥニアンさんは

「コーチは、原因を追求せずに決定を下してはいけない」

を人生の教訓としているそうです。

浅田真央さんとラファエル・アルトゥニアンさんは、その後和解し話すほど仲は回復したそう。

浅田真央さんも『教え子の心の奥底にある本当の思いや抱えている本当の悩みを見つめることの重要性』を、もしかするとこの苦い経験から学んでいるかもしれませんね。

タチアナ・タラソワ

出典元:産経WEST

名前:タチアナ・タラソワ

生年月日:1947年2月13日

1964年冬季ユニバーシアードトリノ大会ペア優勝、1965年世界選手権7位、1966年欧州選手権4位入賞などの実績あり。

18歳のとき怪我で現役を引退し、19歳でコーチ活動を始める。

浅田真央指導期間:2007~2008(振付のみ2008年~2010(本格的指導)2013~2014(振付のみ)

荒川静香さんの振り付けをやられていたこともあります。

タチアナさんは常に一番を目指されいる方です。

私は「マキシマリスト」なの。最大限を追求し、限界に挑む。私はそうやって、教え子たちと向かい合ってきました。

「勝つことがすべてではない。勝つことが唯一絶対なのだ」と言った人がいますが、まったく同感です。私の辞書に、「2位」という言葉は存在しません。

私の父、アナトリー・タラソフ(アイスホッケーのソ連代表チームのコーチを務め、五輪3連覇に導いた)は、「2位になったりしたらお役御免だよ」と言っていました。私もいま、自分が指導者の立場になり、そのとおりだと思っています。2位になって何が嬉しいのかしら? 私には「2番目になることの喜び」というものが、さっぱり理解できません。

出典元:COURRIER

このように、タチアナ・タラソワさんは考えていらっしゃいます。

また、タチアナ・タラソワさんにとって「フィギュアスケート=芸術」であるそうで、浅田真央さんを指導されているときはロシアでバレエを学ばせて、表現力を磨かせました。

その結果、浅田真央さんはジャンプという武器に加えて、ステップも評価されるほどの武器になったそうです。

浅田真央さんの指導期間、ロシアに残した夫と母親の病気でタチアナ・タラソワさんは精神共に苦労をされていたそうです。(バンクーバーオリンピック後2人とも他界)

そのため、浅田真央さんの傍で指導することができず、アシスタントコーチのジャンナさんに見てもらう期間が長かったようです。

ソチオリンピックに向けて、ロシア選手の強化育成の総責任者という立場もあり、2010年まで浅田真央さんのコーチとして活動されました。

「1位を勝ち取るという強い意志」と、「芸術的表現力」を浅田真央さんはタチアナ・タラソワさんから吸収されたのでしょう。

ノービスの小学生というよりも、ジュニア・シニアなどのトップを目指す高校生以上の人の指導に、この経験は生かされるのではないかと思います。

佐藤信夫

出典元:withnews

名前:タチアナ・タラソワ

生年月日:1942年1月3日

小学5年生からスケートを始める。

1964年冬季ユニバーシアードトリノ大会ペア優勝、1965年世界選手権7位、1966年欧州選手権4位入賞などの実績あり。

18歳のとき怪我で現役を引退し、19歳でコーチ活動を始める。

浅田真央指導期間:2010~2017

荒川静香さん、安藤美姫さん、村主章枝さん、中野友加里さん、小塚崇彦さんなど数々のトップ選手たちを指導されています。

佐藤信夫さんが浅田真央さんと最初に交わした約束、それは疲れを残さないために「週に1回は必ず休み」ということ。

どれだけ休みを取らせるかが、佐藤さんの指導のテーマの1つだったそうです。

腰痛に悩まされた2013年12月全日本選手権の前にも、

「正月に1週間は休もう」と佐藤さんは提案するも、「そんなに休めません」と浅田さんは拒否。

「じゃあやってなさい」と佐藤さんは引いたという話があるくらい大人の指導というのは難しかったそうです。

2015年12月のインタビューでも佐藤信夫さんは次のような悩みをもっていたといいます。

25歳の選手を教えるのは、私の指導歴の中で初めてだ。言葉遣いからしても、手探りなところがある。大人の選手に「お前、何をやってるんだ」と叱ることはできない。理論的に説明し、納得させた上で練習させるようにしている。

出典元:朝日新聞DIGITAL

もし、浅田真央さんが自分の考えを持ち始めた20代の選手を育てるとなったとき、この「大人に対する指導」をしてもらっていた経験が生きてくるかもしれませんね。

また、佐藤信夫さんは次のようにおっしゃっています。

指導者として一番の喜びは「本当のスケートの味を引き出して見ている人をうならせたら、心の中でしてやったりと思う。それができれば、順位は関係ないんです」。

出典元:SOCHI2014

つまり、一人ひとりにその人が持っている魅力があり、その魅力を引き出すことがコーチの仕事であるということですね。

順位も大切ですが、その人の味が見ている人たちの心に届けることもフィギュアスケートでは大切だと。




浅田真央コーチまとめ

浅田真央さんは非常に多くのコーチの指導をうけてこられました。

  • スケートの楽しさ
  • 教え子に寄り添う大切さ
  • 1番を目指すということ
  • 芸術としてのスケート
  • 大人を指導するときの難しさ
  • 選手の魅力を引き出す指導

など、多くのことを浅田真央さんは学んでこられたと思います。

技術面でも、表現力という面でも、精神という面でも。

様々な角度から指導できるコーチとして、今後小学生から最終的にはトップの選手まで育成させるのではないかと予想します。

プロフィギュアスケートを引退もしくは同時進行での、浅田真央さんのコーチ業での活躍を期待しています。