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【マイメロ論 全文】マイメロ論とは?宇垣アナの隠された本音も紹介

「私はマイメロだよ~☆ 難しいことはよくわかんないしイチゴ食べたいでーす」マイメロ論話題の宇垣美里さん。

実はこのマイメロ論、ストレス解消法としてテレビやネットで取り上げられていますが、実際は少し違います。

今回はマイメロ論が書かれたコラムを全文読んで、

  • マイメロ論とは何か?
  • 宇垣美里さんが本当に伝えたかった内容

について解説していきたいと思います。

この記事を読み進めれば、『マイメロ論』は単なるパワーワードではなくて、宇垣美里さんの考えがよく見える深いものだとわかりますよ!

 

マイメロ論全文(宇垣美里アナのコラム)

こちらが『Quick Japan(クイック・ジャパン)Vol.132 2017年6月発売号』で掲載されていた、宇垣美里さんのコラムです。

まず、ざっと読んでみてください。

あなたに名前で呼ばれたい

自分のことをウガミミサトだと、キー局のアナウンサーだと思うからつらいのだ。ふりかかってくる災難や、どうしようもない理不尽を、一つひとつ自主的に受け止めるには、人生は長すぎる。

そんなときは、「私はマイメロだよ~☆難しいことはよくわかんないしイチゴ食べたいでーす」って思えば、たいていのことはどうでもよくなる。

カメラが回っていないところで関西弁を使ったっていいじゃないか。母国語だぞ。得意げに「あ、それ関西弁ですよね」って指摘してくるのはどういう意図なんだ。標準語警察は給料がいいの?とか考えても仕方がない。マイメロが日本語を使っている時点で拍手してもらいたい。

殺人的に忙しくて目が回りそうになったら、『カリオストロの城』に出てくる次元になりきって「面白くなってきやがった……」とでも呟けば、本当に面白くなってくるのでオススメ。

そのうち技術が発達してきたら、衣装や外見だけではなくて、自分の性格やキャラクターまで取り換え可能になる、そんな未来もありうるのかもしれない。「コミュニケーション能力をインストール」とか「プライドをアンインストール」とか、「ミステリアスをインストールするには、素直とおしゃべりをアンインストールしなくちゃ!」とか。まるでSF映画の世界だ。

でも、もしこうなったら、自分で作り上げる必要がないからずっと楽に違いがない。

人生って不公平や理不尽なことの連続だから、人はついつい傷ついた記憶を飴玉みたいになめ続けてしまいがちだけれど、でもそうやって生きていくことに慣れるには人生は短すぎる。

どうせなら、話のネタにもならないような記憶なんかとっとと捨てて、幸せなことだけを考えていたい。私の人生においてなんの価値もない、悲しい嫌がらせの記憶はほかの人格にまかせて他人事にしちゃえばいい。不誠実かもしれないけど、私にとっては道端のかわいい野良猫とか、季節限定のタルトとか、そっちのほうがずうっと価値があるの。

そうやって辛いときほど微笑んでしまうのは、人生を真面目に生きていないから、なのかしら。この考え方、小さな頃からそうだった。きっとどこかの段階に戻ってまた人生をやり直すことができたとしても、私が望もうと望むまいと、このままの自分に成長するだろう。

でもそうやって自分自身を手放して、人生をRPGみたいに生きているくせに、時々たまらなく名前を呼んでもらいたくもなる。
名前を呼ばれるのが好きすぎるのは、きっと前世で満足に名前を呼ばれずに、いやきっと名前を持たずに死んでいったのに違いない。

人は自分の名前を一番読んでくれる人を好きになるのだと、どこかで聞いた。
きっとその通りなんだろう。名前ってその人そのものだから。

だからせめて、私はできるだけ人の名前を丁寧に呼ぶことにしている。

私のついているアナウンサーという職業は仕事上、多種多様な人と出会う。その一人ひとりの名前を呼ぶたびに、この人と私はどういう関係になりたいのか考えてしまう。

観光客じゃない、アメリカから来てるスミスさん。単なるADじゃない、少し関西弁のイントネーションの残る山田さん。たまたま、そこにいる人じゃない、たくさんの偶然が重なって、一緒にご飯を食べている、私の大切なあなた。

もっともっと心の壁がなくなればいいと願って、ちょっとした質問の隙間でも何度となく名前を呼ぶ。

なれなれしく近づくことはできないから、適切な距離のまま、その名を口にするだけ。

そのとき、心の中で願っているの。「ねぇ、私の名前を読んで」って。

はじめまして、QJの読者の皆さん。わたし、うがきみさとって言います。

出典元:Quick Japan Vol.132

文才が感じられる文章だなと読んでいて思いました。

同時に、文章全体を通して読まないと宇垣美里さんが言いたいことが伝わらないな、とも思いました。


ネット上で話題になった『マイメロ論』は、宇垣美里さんのコラムの冒頭部分です。

つかみの部分(導入部分)ということですね。

要するに、部分的に切り取られた文章を『マイメロ論』という名前を付けて拡散されている状態なんです。

実際のところ、宇垣美里さんは『マイメロ論』どうこうという話をしたかったのではありません。

宇垣美里さんの本意というのはもっと深いです。




宇垣アナのマイメロ論とは?

テレビで大反響だった「マイメロ論」

2019年2月5日のこと。

地上波でマイメロ論が取り上げられたのは、「有田哲平の夢なら醒めないで」というテレビ番組です。

ここで語られていたマイメロ論をざっくり説明すると、

相手の都合で言っている理不尽なことで、「自分にとって聞く必要がない」内容に関しては自分がマイメロになって現実逃避するということです。


例えば、上の動画のようにパワハラとかセクハラとか思われてもおかしくない発言をされたときは、『マイメロ論』で流してしまいます。

「私はマイメロだよ~」

「この人マイメロに向かって何言ってるんだろう?」

「よくわかんないけど、イチゴ食べたいでーす」

というかんじで。

なんでもかんでも無視するのではなく、あくまでもストレスになり得る精神衛生上悪い理不尽なものに対して受け流すというテクニックです。

だから、第三者視点から見ると、相手の話を聞いているように見えます。

ネットで拡散されたマイメロ論

『マイメロ論』がコラムで登場したのは、2017年7月7日のこと。

実際に広がり始めたのはそこから半年くらいたったときです。

多くのネットユーザーがマイメロ論に助けられていると言っています。

ネットユーザーの声を見ていると、「根性論」の延長線上というか、「耐える方法」としてマイメロ論を正当化しているなという印象を受けますね。

宇垣美里さん自身『マイメロ論』使用に警告している

実はマイメロ論を使うことについて、宇垣美里さん自身注意喚起しているコラムがあります。

2018年6月4日発売の週刊プレイボーイでの中で語られていました。

宇垣美里さんの友達が先輩からパワハラを受けたことを相談されたときのお話です。

彼女の先輩に向かって思いつく限りの呪詛の言葉を並べ立てる私に対し、慌てて彼女「なんてことはないんだよ」と念を押した。

「そういうときはみーちゃんが言ってた『私はマイメロだよー』って考えるんだよ。助かってるんだあ、ありがと」

その言葉に私はガツンと頭を殴られたような気がした。だめだよ、そんなふうになってまでマイメロを使っちゃ、だめなんだよ。

私は傷つかない。世の中のさまざまな知りもしない人からの意見や、ソースのはっきりしない情報をうのみにした非難、的外れな指摘や嘲笑に、私は傷つかない。

出典元:週間プレイボーイ2018/6/4

宇垣美里さんのお友だちは精神的にきつい状態のときに「マイメロ論」を使っていました。

しかし、宇垣美里さんによると『マイメロ論』は無理してまで使うものではないとおっしゃています。

つまり、『マイメロ論』とはストレス軽減効果はあったとしても、既にたまっているストレスを0にする効果はないということです。

だから、理不尽さから来る精神的なダメージを既に受けてしまっているときは、『マイメロ論』というものは、「無理を正当化してしまう」危険な理論になってしまうということです。

精神科医からも『マイメロ論』に危険信号

宇垣美里さんのマイメロ論が流行っていることを受け、精神科医の高木希奈先生も言及されています。

マイメロ論というのは、ストレス回避法ではあるが「現実逃避」しているだけであるから根本的な解決にはなっていないと言います。

先ほどの宇垣美里さんの考えと一致しているところがありますね。

また、鬱や解離性同一性障害になる危険性もあるようです。

――マイメロ論の考え方を続けると、何か良くない影響が起こることもあるのでしょうか?

高木 全てこの思考で逃げ続けてしまうと、少しのストレスにも耐えられないようになって、鬱になる可能性もあると思います。また、別人格の思考を持ち合わせ続けるというのは、「解離性障害」の患者さんと似た状況を意図的に創りだしているということになります。解離性障害は、耐えがたいほどのストレスがかかり続けたことで、自分自身と感情が切り離されてしまう病気で、幼少期からの慢性的な虐待やいじめなどが原因となり、思春期~10代の若い頃の発症が多いんです。それ以外では、事件や事故など解離性障害になりうるほどの強いストレスにさらされ続けることが原因となります。つまりそういう事態にならなければ、マイメロ論の考え方が、解離性障害に移行することはめったにないでしょうが、実際に治療に取り組んでいる患者さんもたくさんいる症状に、なぜあえて寄せていくのだろう……と思ってしまいますね。

出典元:cyzo woman

要するに、重すぎるストレスを抱えている状態での『マイメロ論』はさらなる精神的な病気を引き起こす可能性があるということです。

なので、「宇垣アナかっこいい!私も真似してマイメロ論で乗り越えるぞ!!」と流行りに流されてはいけないと私は思います。

また、宇垣美里さんだからこそ使える『マイメロ論』であるとも思っています。

その理由をこれから説明していきます。




宇垣美里さんが伝えたい『マイメロ論』コラムに隠された本音とは?

切り抜かれた『マイメロ論』とパーツとしての『マイメロ論』

メディアで話題になった宇垣美里さんの『マイメロ論』では、「他人からの理不尽な攻撃のダメージを和らげる」というところに焦点が当てられています。

これは言わば、切り抜かれた『マイメロ論』はこれ1つで完成されています。

しかし、そういう側面もあるのですが、『マイメロ論』全文で宇垣美里さんが伝えたいこととは少し違います。

『マイメロ論』が掲載されていたコラム全体では、『マイメロ論』は文書を構成する1つのパーツにすぎないのです。

では、解説していきますね。

『マイメロ論』のコラムの主題とキーワード

宇垣さんの『Quick Japan(クイック・ジャパン)Vol.132 2017年6月発売号』という雑誌での初掲載のコラムのタイトルは「あなたに名前で呼ばれたい」です。

キーワードは名前です。

で、この名前なんですけれども、宇垣美里さんにとってはとても大切なものです。

人は自分の名前を一番読んでくれる人を好きになるのだと、どこかで聞いた。
きっとその通りなんだろう。名前ってその人そのものだから。

だからせめて、私はできるだけ人の名前を丁寧に呼ぶことにしている。

出典元:Quick Japan Vol.132

宇垣美里さんにとっては、「名前」はその人そのものであるという認識をされています。

つまり、名前がその人を表すということです。

このコラムで宇垣美里さんの名前が出るのは2ヶ所あります。

文章の始まりと終わりです。

始まり:自分のことをウガミミサトだと、キー局のアナウンサーだと思うからつらいのだ。

終わり:はじめまして、QJの読者の皆さん。わたし、うがきみさとって言います。

文章をじっくり読んだ人は気が付いたと思いますが、意図的に「カタカナ」表記「ひらがな」表記が使われています。

カタカナ表記

カタカナで書いたときの印象は、固く・どこかカッコいいかんじがします。

ロボットみたいに無機質で、怖い、そんなかんじ。

どちらかというと角がとがっている印象を持ちます。

ひらがな表記

一方、ひらがなで書いたときの印象は、柔らかく・やさしいかんじがします。

人間味が感じられ、少し幼いかんじがします。

これらを踏まえると、コラム全体で「宇垣美里さんが本当に伝えたいこと」を読み取ることができます。

コラム全体でいいたいこと

「名前は人を表す」でしたよね。

文章冒頭部分の

自分のことをウガミミサトだと、キー局のアナウンサーだと思うからつらいのだ

から読みとれることは、本当の自分は「ウガキミサト」ではないということ。

つまり、アナウンサーとして振舞っている、あるいはテレビに映っている自分は「偽りの自分である」ということをここでは言っています。

カタカナ表記が表す「無機質」なかんじから、よりいっそう「ウガキミサト」であることに精神的に負担がかかっているように感じられます。

対して、文章の終わりの

はじめまして、QJの読者の皆さん。わたし、うがきみさとって言います。

から読み取れることは、本当の自分は「うがきみさと」であるということ。

つまり、「QJ(雑誌Quick Japan)では本心を書いていて、本当の自分を表しています」ということを言っています。

さらに、ひらがな表記で名前が書かれていることから、幼いころからの自分は今でも自分として存在しているということをアピールしているようにも感じられます。

 

で、結局コラム全体で宇垣美里さんが言いたいことは、

  • 本音は素の自分を出して生きていきたい
  • アナウンサーや外見ではなく、本当の自分(中身)を見てほしい

この2つです。




宇垣美里さんの『マイメロ論』の使い方を解説

マイメロになるために必要なものは「認知」

宇垣美里さんだけでなく、誰しも「社会の中で生きる自分」「素の自分」というのがあると思います。

宇垣美里さんにとっては、アナウンサーは「求められているコト・モノに応える仕事」であり、「本当の自分を押し込まないといけない職業」です。

一方で、自分の思いや考えを発信できるコラムやラジオは、自分の信念に則っての活動です。

要は、宇垣美里さんの場合はこの2面性がはっきりと自分の中で確立しているんです。

世の中を見ていると、なんとなく「自分はこんな人間だな~」と自己認知している人は多います。

しかし、宇垣美里さんのように明確に「自分はこんな人間だ!」と自己認知している人は少ないと思います。

宇垣美里さんは「自分」を持っているからこそ、『マイメロ論』が使えるんです。

マイメロになるのは「本当の自分」を「自分」とするため

マイメロになるのは「自分の信念や考えに則って生きている」ほう「本当の自分」とするためです。

つまり、「アナウンサーの自分」は「本当の自分」ではないと距離を置くということです。

図に表すの次のようなかんじです。

「本当の自分」として受け入れたくな方は、マイメロに預けてしまうという考えです。

で、「預けたものを抱えているマイメロ」というキャラを演じて生きている、というわけです。

キャラは何体もいるが、疲れる

まあ、当たり前なのですが、全てがすべてマイメロではないですよね。

部分的にマイメロってだけです。

殺人的に忙しくて目が回りそうになったら、『カリオストロの城』に出てくる次元になりきって「面白くなってきやがった……」とでも呟けば、本当に面白くなってくるのでオススメ。

出典元:Quick Japan Vol.132

アニメ「ルパン3世」で出てくる「次元大介」になりきったりもするみたいですね。

そうやって、いろんなキャラで「本当の自分」としたくない部分を補っています。

そのうち技術が発達してきたら、衣装や外見だけではなくて、自分の性格やキャラクターまで取り換え可能になる、そんな未来もありうるのかもしれない。「コミュニケーション能力をインストール」とか「プライドをアンインストール」とか、「ミステリアスをインストールするには、素直とおしゃべりをアンインストールしなくちゃ!」とか。まるでSF映画の世界だ。

でも、もしこうなったら、自分で作り上げる必要がないからずっと楽に違いがない。

出典元:Quick Japan Vol.132

ただやはり、そうやってキャラを演じ続けるのもしんどいみたいですね。

状況に合わせて中身もインストールできたらいいなという願望からも、伺えます。

「本当の自分」を大切にして生きていきたい

どうせなら、話のネタにもならないような記憶なんかとっとと捨てて、幸せなことだけを考えていたい。私の人生においてなんの価値もない、悲しい嫌がらせの記憶はほかの人格にまかせて他人事にしちゃえばいい。不誠実かもしれないけど、私にとっては道端のかわいい野良猫とか、季節限定のタルトとか、そっちのほうがずうっと価値があるの。

出典元:Quick Japan Vol.132

『マイメロ論』の根底にある考え方は「自分の信念や考え方で生きる自分」=「本当の自分」に自分のリソースを割きたいということです。

リソース(資源)というのは、精神的なエネルギーや時間、お金、人ですね。

「本当の自分」にかかわるところにリソースを使って、「本当の自分以外」のどうでもいいところにはリソースを使いたくないという考えを、宇垣美里さんはもっているのだと思います。

「本当の自分」を大切にするために、無駄なところに自分のリソースを持っていかれないようにする方法、それが宇垣美里が言う『マイメロ論』なのです。

だから、繰り返しになりますが、「自分の信念や考え方で生きる自分」をもっていない人たちの『マイメロ論』はただのストレスを和らげるテクニックにしかならないということです。




マイメロ論まとめ

ネットで流行ったり、テレビで話題になった『マイメロ論』というのは、独特なストレスを和らげる単なるテクニックでした。

「私はマイメロだよ~☆ 難しいことはよくわかんないしイチゴ食べたいでーす」

というように、ストレスの種になる理不尽なことをマイメロに流すというもの。

これはこれで、インパクトを与えた1つ完成されたものとして世に知られたわけです。

ですが、『マイメロ論』が書かれたコラムの文章全体を読んでみると、実は『マイメロ論』というのは宇垣美里さんが伝えたいことを言うためのパーツだったのです。

『Quick Japan(クイック・ジャパン)Vol.132 2017年6月発売号』で初掲載ということで、読者の方に自分という人間を紹介する文章でした。

テレビの視聴者が思うようなあざといキャラは、自分の素のキャラではない。

本当の自分はコラムの中でどんどん出していきます!

そんなことをアピールするための1例として、『マイメロ論』が使われていたのです。

宇垣美里さんが使う『マイメロ論』は「本当の自分」を大切にするための考え方でした。

「本当の自分」があるからこそ、それ以外の「自分」と距離を置くためにマイメロになりきることができるのです。

マイメロに「嘘の自分」を預けることができる。

「嘘の自分」に降りかかる理不尽なことは、マイメロがすべて引き受けてくれる。

これは決して、辛いことを乗り越えるための「根性論」ではありません。

だから、精神的に限界のときに使うものではありません。

ただ、宇垣美里さんは「自分の信念や考え方」を大切にする自分で生きていくために、『マイメロ論』を生み出したのです。